広大な牧山に放牧された乳牛が、四季を通してシバを中心に野草と湧水を求めて食い、 歩き、休み、食み返し…生活しています。

● 『日本の山地酪農』創始者 猶原恭爾博士
● 日本の山地酪農の呼称について
● 酪農の常識を超えた日本の山地酪農
● 乳牛の放牧は最高の土地活用型
● 山地酪農と家族




  『日本の山地酪農』創始者 
  猶原 恭爾(なおはら きょうじ)博士 (理学博士)

日本の山地酪農・創始者
 1965年(昭和40年)日本の草地社会
         (養賢堂より、当時出版) 1966年(昭和41年)日本の山地酪農
         (養賢堂より、当時出版) 岡山県高梁市出身
 東北大学理学部卒(植物社会生態学者)
 財団法人資源科学研究所研究員
 国立科学博物館植物研究部研究官
 1971年以降 山地酪農指導に専念

  当初は草地の生態学的研究を土壌安定に応用、それを踏まえ1941年からは酪農への応用研究を開始し、荒川河川敷・堤防の野草地にて治水を兼ねての放牧実践研究。それまで牧野の荒廃の指標とされ排除された我が国在来の「シバ」に真の積極的意義を見出し、本命の日本の山地に着眼、その豊かな潜在エネルギーの開放を志し、新たな価値観による「山地(やまち)酪農(らくのう)」{急傾斜地を含む日本の山地でのシバ主体の混生野草地での完全無農薬、昼夜放牧を中核に据え、乳牛の本性を最大限に生かす酪農(大宇宙、大自然の力を生かし切る風土に根ざす酪農)の体系}を創始。自らの10年間に及ぶ放牧実践研究を踏まえ、各地の酪農家に理論・実践指導に当たる。
  実生活では1955年頃より食養の考えも取り入れ、日本人の食文化として無農薬の玄米、麦、粟、稗、豆等雑穀類、根菜類、海藻類等海産物の重要性についても再認識し、良質牛乳の適量摂取の大切さと合わせて、酪農指導の中においても言及した。


  "日本の山地酪農"の呼称について

 猶原恭爾(なおはらきょうじ)博士が人生を通して、日本の植物の踏査研究をする中で、酪農の先進国には見られない、さすが穀作国ならではの植物相の厚さを知りながら、実際にはそれが生かされていない現実に疑問を抱き、日本では独自の豊かな植物ゆえの酪農ができるはずと考えたのでした。
 実際に10年間の乳牛飼養試験の後、平地の少ない日本(国土の70%が山地の日本)で、20~30fの傾斜地を活用すれば、平地の水田で求めようとした創造性・安定性・永続性を備えた農家に勝るとも劣らない安定酪農家を、創設できる自信を得た時、同時に呼称も敢えて「日本の山地(やまち)酪農」としたのでした。言い換えれば日本型放牧酪農なのですが、酪農のイメージや実際が余りにも平地的なのと、山地傾斜地の活用を視野に入れることで、大いに日本の将来が明るくなるので、山地(やまち)酪農にしたのだそうです。かつて林業か炭焼きしか方法がなかった山で、高級食糧の創造的供給と、繁栄農家の創設と言う希望は、猶原博士の民族の源泉を培う意識を大いに揺さぶったのでした。


  酪農の常識を超えた日本の山地酪農

1.餌の問題
 日本には酪農に限らず、畜産として家畜や家禽が飼養されていますが、残念な事にそのほとんどは、効率農業で、外国からの輸入飼料依存型なのです。BSEで有名になった肉骨粉は極端にしても、日本ではかなり前からイワシやサンマ、タラ等、大漁貧乏になりそうになると、飼料用に使用してしのいで来ました。日本の畜産人に、動物性の餌に対する違和感はほとんど無いのが現状です。草食獣の乳牛や肉牛にも当たり前に使ってきたのです。草食動物は動物性の餌は絶対に口にしません。それがどうして食べるようになるのでしょう。それは気が付かない程度、少しずつ食わせて行くのです。徐々に増やせば気が付いた時には、魚肉食の牛が出来ているという仕掛けです。 じゃあ何のためにそんな事をするのでしょう。それはマサに効率農業なのです。草だけ食わせて置けばせいぜい年に3,000s〜4,000sしか出ない牛乳が、穀物飼料を給与して5,000〜6,000kgは当たり前、7,000〜8,000sも牛乳が出るようになったのです。 日常会話では、「s・50円の飼料を買って食わせて、s・70円から80円の牛乳が搾れれば損は無いよ」と言ったものです。まして動物性の飼料を配合した飼料を給与すれば、もっと楽に増量が期待でき、日本の現在の平均泌乳量は9,000kg以上になっているのです。10,000〜20,000s以上搾っているスーパー牛を自慢の農家も沢山あるのです。


2.土地の問題
  有機農業が盛んに叫ばれてきた頃、輸入飼料に多くを依存している日本畜産の現状では、日本独自の有機基準を作りたくても、そもそも土地・大地に依存していない日本型は有機的な基準の対象外です。それではと言う事でアメリカが自国の有機認定の飼料(草も穀物も)を輸入して使えば、日本でも国際基準をクリアーした畜産品として、認定しましょうと言う事になったのでした。これはマサに不自然に不自然を重ねて力でひねり出すやり方で、どうしても納得できませんでした。日本が砂漠地帯なら兎も角、立派に自然条件に恵まれた、植物豊かな国であるにも拘わらず、なぜそういう事になるのでしょう。水田や畑作の有機基準で考えれば理解できるはずです。水田や畑で作るから稲作であり、畑作なのです。その水田に使っている薬を減らしたら減農薬だし、無使用なら無農薬です。肥料もそうです。減化学肥料か無化学肥料です。それを3年間、特定の第三者に確認してもらえば、有機農家とか、準有機農家になるのです。  ところが畜産の世界は違うのです。都市近郊型は特にそうですが、一坪の農地も持たない農家が牛乳を生産したりしているのです。また地方でも飼っている頭数を自前では到底まかなえないほどの頭数を飼っているのは当たり前です。従って畜産に付き物の糞尿公害が、還元する場所が無いために生まれるのです。  これは農家に責任はありません。こう言う加工型の畜産を奨励してきた事に最大の原因があるのです。しかし、ここで責任の追及をするつもりはありません。 水田や畑作のように依存している大地が無い日本畜産は、輸入して食わせている飼料が、有機基準の認定を受けていたら、有機農業だということになってきたのです。  ここまで来たら、私たちは有機認定に興味がなくなりました。 30年来やってきた事を、独自の規定を作って、後世の口にする方々に約束をして、安心して飲んで頂き、食べて頂くことにエネルギーを使いたいと思いました。現在の田野畑山地酪農牛乳の生産者規定は、国際的に見てもトップクラスの規定だと自負しています。ついでに申しますと、飼料を輸入して食わせて、その糞尿に含まれる飼料の残効(消化されないで糞尿に出ている分)が、大地に還元されない無駄は、無駄に無駄を生む悪循環で、金額に直せば相当なものでしょう。大地に根差すとは、そういう無駄が殆んど出ないということです。生産者規定と解説をご参考にされたし。


 乳牛の放牧は最高の土地活用型

◇表土を活用する意味◇
 山地酪農では放牧山地の表土はそのまま活用します。一般の草地開発では表土も削り、真土に新たに種を撒き草地造成するのが普通です。
  山地酪農では何千年の蓄積のある表土をそのまま活用するのです。これは日本の植物相の厚さをそのまま生かす事なのです。冬は兎も角、春・夏・秋にはそれぞれの植物相がそれなりに活躍します。乳牛たちはその三期だけで、ちょっと大げさに言えば何百種類の植物に出会うことになるのです。
  草地造成した所では、一般的には5種混播・7種混播と言うのがあり、牧草を5種か7種播きますが、雑草が入ったとして多く見ても10〜15種類程度でしょう。春から秋まで生活のほとんどを牧山に営む山地酪農では、圧倒的に比較にならない沢山の種類の草や植物を口にするのです。
  中でも穀作民族として目のカタキにして来たシバ、メヒシバ、ノビエの三大雑草が山地酪農の優良牧草になろうとは誰が考えたでしょう。


◇シバが山を守り、山地酪農を育てる◇
  シバが急傾斜の山地を覆い、大雨や干ばつから優しく大地を守ることは、他の草では真似ができない優れた特徴でしょう。そしてシバが永年草として自己更新する能力も他の草では考えられない能力です。土を流さない能力は逆に、肥料分の蓄積を無駄なく出来ることの証明でもあります。猶原博士は誰もがシバの能力を見落としてしまう中、独特の観察眼をして、シッカリと能力を評価し、脚光を浴びせたのでした。
  小生が学生時代(三十数年前)に猶原博士がシバの話しをしながら、机をコブシで叩きながら、「近い将来、日本人が米に次いで、最も食べるのはシバになるかも知れない!」と、期待して興奮気味に語って下さったのを思い出します。そう言う先生の言葉を聴く度に、「先生!俺はやります。」と心に誓ったものでした。
  シバ草地は地力に応じて他の草が入りやすい事も特徴でしょう。野草や牧草、何でもござれ、食うものは何でも牧草です。だから正式にはシバ主体草地です。
  採草地と放牧地では草が違います。採草地は年に3回程度、人為的に人が管理して人が刈ります。だから丈が長くならなければ困ります。
  シバ放牧草地の草のシバを好んで食べながら一緒に他の草も食べてしまいます。こうした所では、年間に激しい所で、10〜20回も食われます。それほどでない所でも5~10回はむしられるでしょう。こうしてみれば時期的に一気に育つ草よりは、年中無休で育ってくれる草がベストになるのです。日生産量を問題にすると言う事です。世の中ではほとんど問題にされませんが?



◇放牧のとらえ方◇
  日本では乳牛の放牧は余り奨励された事がありません。さっきも申し上げましたように大地・土地の裏付けの無い日本の現実の中では、放牧などおとぎ話の世界だったと言う事もあります。また青草の時期に放牧すると、量は出ても牛乳成分が下がり、3.6牛乳3.8牛乳などと成分表示の牛乳では売れなくなることもあり、メーカーからは年中、牛乳成分均一の牛乳を要求されました。農家としては飼養管理を一定にすること以外、方法はありません。これは農家もメーカーもお金と言う一点に向った努力なのでありました。「仕方ないべサ。誰も責められないサ!」


◇山地酪農での放牧は、意味が全く違います◇
  放牧によって乳牛は野生を取り戻し、足腰だけでなく腹の中まで丈夫になり、草で栄養をまかなえる胃袋になるのです。それに詰める草は自分で歩いて、善し悪しの判断をして食うのです。人は黙って見ているだけです。自然交配・自然分娩させていますが、泌乳能力は退化させなければなりません。一日に50s以上出す牛は、日本にはざらにいますが、草だけでは栄養がまかなえません。経験から言って山地酪農では、一日に多い時で20sまででしょう。これでもまだ無理をしていますから、早く15s位にならないと、身を削って乳を出しますから、遠からずダウンしてしまいます。結局、日に10s程度でよいのです。フランスのカマンベール地方では、村の規定でカマンベールチーズの原料乳は5,000s以上搾ってはならないのだそうです。味が落ちるからだそうです。ついでに言えば、5,000s以上搾るには、草だけでは絶対的に無理だからです。言い換えれば穀物や乳の出る飼料をやれば、味が落ちるのだと言う事だと思います。


◇正式にはシバ主体草地◇
  牛乳成分に関しては、確かに落ちる。でも夏場に脂肪の濃いものはそんなにいらねーゾ。健康に良くない。自然の摂理で、夏はそうなっているのでしょう。それに春草の味・夏草の味・秋草の味・冬のサイレージや乾草の味と四季の味を楽しんで下さいって言う事です。
  これは本当に自然な事だと思います。



◇乳牛の寿命◇
  そして乳牛は、丈夫で長持ち型になります。日本の乳牛の平均産児数は1.5産位で、2産まで行っていません。生まれて三年目には母親になり、乳を搾れるようになりますが、5〜6年で生涯を閉じます。
  私たちの農場の最高齢は、くがねの牧の熊谷で18才と言うのを私も覚えています。志ろがねの牧の吉塚で16才が今もいます。



◇本当に群れる幸せ
  また弱い草食獣は群れで生活しますが、そういう本能も復活します。ボスを中心に広い牧山放牧地を自分達でコース取りして歩き、食い、休みます。 緑のシバ主体草地に乳牛が群れて、カウ

ベルをカランコロンと鳴らして歩いているのを見るに付け、幸せを実感しています。
  ただシバにも欠点はあります。夏草のため春早くの活躍と秋遅くの活躍が期待できないことですが、春草に活躍の機会を与える事に致しましょう。ナガハグサ、シロツメクサよ頑張れです。これで良いのだとつくづく思います。



 ● 山地酪農と家族

・若き日の思い
  山地酪農生活を営むにつけ、幸せなサラリーマン家庭に育った自分の子供時代を振り返ってみると、余りの幸せさに、自分が大人になり、兄弟たちも成長して、それぞれ社会人となって自分の家族から離れる事を考えるのが恐ろしいとさえ思ったものでした。 私は男として将来ホワイトカラーになって、黙々と家族のために働く人間になりたいとは全然思わなかったです。
  お世話になった農家のおじさんの笑顔と、ご指導を頂いた猶(なお)原(はら)先生の口癖(くちぐせ)で「土を離れた人間生活がいかにむなしいものか。」が頭から離れずに、幸せとは何か?を自分なりに追求してみました。やったことが無いサラリーマン生活で一番嫌(いや)なのは、人生のほとんどの時間を、家族とは別の世界に過ごすことで、さびしがりやの自分には到底(とうてい)我慢(がまん)できないと思いました。
  また日本文化がすたれた原因に、家族が一緒に食事をしなくなり、ご飯に味噌汁より、パンにスープやジュースの方が、生活の時間帯が違う忙しい家族には向いている、と言う一般論が当たり前になってきましたが、どうしても馴染(なじ)めないし、馴染みたくない思いがありました。家族って同じ屋根の下に生活するだけの事で良いのか?です。


・山地酪農にきらめく希望の光
  その点でも「山地(やまち)酪農」はちょっと違いました。子どもから年寄りまで、充分な役目が果たせるシステムで、日々忙しい生活を家族みんなで支えあい、目標に向って力を合わせ、苦楽を分かち合える家族になれる可能性がありました。これは大きな希望でした。
  いざ開拓を始めて30年、気が付いたら山の中に居を構え、電気も無いたった一人で始めた開拓生活が、今や11人の大家族です。お金は無いが、笑顔があり、常に赤ちゃんの声がする農家。子ども達も少々の事は許される安心感にあふれ、おびえることなく、大自然の中に伸び伸びと生活することができたら、どんなに幸せだろうと思っていましたが、父親である自分と女房を中心に今まさにそうした農家になっているのであります。

  私たちが意識してきた以上に、家庭の持っている役目や意味の深さを改めて感じてしまいます。それがまして農家では土と共にあり、畜産農家では家畜と土と共にあるのです。美しく牧山として変遷し、森林だった所がシバを中心に緑に覆われ、乳牛たちはカウベルをカランコロンと響かせながら、自分達の生活を牧山に営み、常に子ども達の声も農場に響き、犬や猫、鶏の声もあふれている。
  引っ切り無しの訪問者も、ジー・バーがお相手しているので、若い者は安心して仕事をしている。そして訪問者は笑顔で帰って行く。
  こう言う光景は何度と無く想定し、夢に思ったものでしたが、現実にそうなってみると本当にこの世の極楽、幸せの骨頂なのではないでしょうか。今まさにそれを実現しつつある事を何に感謝すればいいのでしょう。本当にありがたい限りです。

2005.9月吉日