志ろがねより愛をこめて 2007年3月 

(乳牛のゆったり感?)     平成19年 3月13日(火)

 前略、皆さんお元気ですか。
 志ろがねの牧もくがねの牧も一同お陰様で元気で過しております。
人が同じ親から生まれても、性格から志向から一人一人が全然違うように、乳牛も一頭一頭性格が(志向は同じ・食欲のみです。)違います。
 
  牛舎でわずかでも飼料(ふすま)をまいて、搾乳のために出し入れしますが、その時の飼料の食い方にも違いがあります。
  舌を上手に使って早く食ってしまう乳牛と、ひとなめひとなめ舌を飼料におっ付けて、くっ付いた分ずつ飲み込んで、随分と時間を必要とする乳牛もいます。
  セッカチな小生は見ているとイライラしますが、見ないでいますので大丈夫です。牛舎の出入りもスタスタ来て自分の所に入る牛と、なかなか期待通りに動いてくれない牛など色々です。
 しかし、乳牛が食み返す時の動作を見ていると、何とも時間がゆったりと過ぎて行くのを感じます。何分でも、何十分でも、目を少し細めて、ただゆっくりと、一定のリズムを刻みながら食み返している姿は、実に豊かさを感じてしまいます。

  デンと巨体を横にして、ため息のような呼吸と共に、ひと噛みずつ下あごを静かに動かします。ゆっくりゆっくり動かしながら、ひとかたまりの草を口に戻して噛(か)み返します。それが反芻(はんすう)です。そのひとかたまりを30回から50回噛み返します。
  人でも「良く噛んで・・」と言いますが、そのレベルではありません。一口の物を50回も噛むなんて、信じられないことですが、牛は日々日常的にそうしています。草が消化されるように、盲腸が人よりもずっと長かったりと、生理的な違いはあります。草と言う繊維食物を食べて、栄養として活用するための、消化活動の始めが良く噛むと言う、この食(は)み返しになります。

  寒い時でも、日向(ひなた)を選んで、横になって静かに食み返している乳牛は、菩薩(ぼさつ)様かも知れません。暑い時は日陰を選んでやっています。
 2~3時間掛けて腹を満たし、2〜3時間掛けて食み返しをして、また食べます。これを一日に何度も繰り返して、うとうとしながら睡眠を摂って、生活しているのです。しかし、強いものに追われながら逃げながら、日々の生活をしているもの。群れからいつも少し離れているもの。常に他の牛が食べている所にわざわざ行って、仲間を追い散らかって草を食べるものなど等。牛でも性格は色々です。でも広い面積の中での自然な営みとして、全員が日々を楽しんでくれているように見えています。

  牛たちに食欲と性欲以外はありません。それを自活の中から自ら営める条件を与えられているのですから、家畜としては、最高を行っていると思います。
草々




(牛乳配達ひとり立ち )    平成 19 3月 20 日(火)

 前略 皆さんこんにちは、吉塚家の次男恭次(きょうじ)です。
北海道の酪農実習を終え、志ろがねの牧で再会イヤ、自分で言うのもなんですが、牧場の新たなスタッフとし、力になるようになって1年が経とうとしています。(笑)そんな帰ってきたばかりの私ですが、有難いことに色々な役割が回ってくるようになりました。その役割の中の1部に触れてみたいと思います。

  私は、去年の6月から田野畑、岩泉の牛乳配達をスタートしました。お金のやり取りや、他人と話をするのが余り得意でない私は、正直な話しかなり心配もありました。でも田野畑、岩泉の配達なら道路はだいたい知っているし、人だって知っている人もいるからやってみよう!と決めました。
  でもいざ始めると沢山の人と関わり大変でしたが、充実感を味わう時間でもありました。また、めったに外へ出ることもない私にとっていい機会でもありました。

  そして、12月からはいよいよ盛岡配達をする時が来ました。
はじめはかなりの抵抗がありましたが、いずれはやらなくてはいけないと言う、現実も目に見えていました。どうせやるなら早くやった方がいいという声も上がり、やることになりました。でもよくよく考えてみると私が行く事になれば家には両親しか残りません。いっきに二人も若手がいなくなると言うのは両親には少し無理を掛ける事とも思いますが、今まで長年やってきたことですから少々親父の怒鳴り声が上がる程度でしょう。

  配達は、お陰様で件数が多いため、冷蔵車2台で北と南に別れて配達していますが、まず私は、北コースから覚えることにしました。でも何だかんだ、盛岡配達へ行けなくなる事情が出来て、12月、1月は行けない事もたびたびありました。初めは、盛岡市内に行っても何が何だかサッパリ分からない状態が続きました。こんな事を言ったら教えてくれている宗矩さんや、兄には申し訳ない話しですが、さすがの私も前半は集中しているのですが、後半になってくると眠くなってくる事もありました。本当にこんなことで盛岡配達を覚える事が出来るのかと心配になりました。
  でもいよいよ北コース1人立ちの時がやってまいりました。さあ、3月20日からかなり緊張しますが、私も宗矩さんや、兄のように誠心誠意牛乳をお届け出来る様精一杯頑張ります。そしてこの牛乳配達で得られる充実感や大きな自信を今後の第2牧場開拓の目標に結び付けられるよう頑張りますので、どうぞ宜しくお願い致します。

                                 草々

 




(兄弟力を合わせて頑張ります。)  平成19年 3月27日(火)

 前略 今回のお便りは、長男の公太郎(24才)です。宜しくお願い致します。
  毎週、こんなにも沢山のお客さんが山地酪農牛乳を買って下さっている事に心から感謝申し上げます。

  さて、3月も後わずかとなりました。牧場内の雪も日陰の場所以外はすっかり無くなり放牧地のバラセンの修理や、秋にやりきれなっかた採草地の肥撒きなどが始まります。
  今年は、三男の純平と四男の雄志に新しい仕事を教えたいと思っています。そうする事で、純平も雄志も自分のやれる仕事が増えるだけでなく、仕事のレベルが上がって行く事を喜んでくれます。(大人になった気がして。)
  かつて自分もそうでした。最初は、一日中遊んでいたい気持ちが強く、手伝いの時間になるとイヤだなーと思いました。でも、学年が上がるごとに仕事のレベルも上がりました。すると、自分が大人になった気がして嬉しくなったのを覚えています。小学校の低学年の時から、親の手伝いをしました。牛舎の仕事では搾乳の時、牛のオッパイを洗ったり糞さらいなど、季節ごとに色々な仕事を手伝いました。頼まれた仕事が終わると、弟の恭次といつも外で遊んでいました。山に行って木の枝を沢山集めて仮面ライダーやウルトラマンの遊びをやったり、木登りをしたり、川で魚釣りをしたりと夢中になって自然にある物で遊びました。友達が遊びに来てオモチャを持って来たりすると羨ましくなりましたが、自然を相手にした遊びの面白さを覚えると本当に止まらなくなりました。


  田野畑村の、この土地にご縁でめぐり合ってくれた親父には、心から感謝しています。僕は、田野畑村が山や海に囲まれているし、気候も農業をするには良い所だなあと思っていました。
 
 25日(日)の午前9時頃に石川県で起きた震度5の地震のニュースをテレビで見ましたが、建物や道路などが壊されたり、人の命までもが、奪われています。何だか、毎年異常気象で色んな自然の災害を世界中がうけています。これを見ると、自然と言うのは素晴らしいだけでなく、自然が暴れれば何もかも、メチャクチャにするくらいの力を持っているんだなぁと思いました。
  そんな中、今年も夏から秋にかけて牛の喜ぶ餌が取れると良いなー。と本当に心配です。第2牧場を作る為にも、良い餌を取って良い牛を増やしたいです。
 段々に忙しくなってきますが、兄弟力を合わせて今年も頑張るぞー! 皆様から頂くエネルギーを有難く、心から感謝致します。  (公太郎でした。)
                                    草々。