志ろがねより愛をこめて 2006年9月 

「生きる」と言うこと 平成18年9月5日(火)

 孫の仁美が今 1 才と 2 ヶ月が過ぎて、ヨチヨチ歩きの範囲がかなり広がって来ました。
 その様子を見ていて、人間の原点を感じることが良くあります。

 人は生まれて来て、教えもしないのに母のオッパイを勢い良く飲みます。 これは「生きたい」ことの表れです。
 お腹が一杯になると、良く休みます。
 オムツが汚れて、ひときり泣いて、取り替えて貰って、また飲んで寝てを繰り返している内に、成長して行きます。

 成長と共にパターンが変わり、睡眠と運動そして食べ物が増えます。
 寝返りを打ち、ハイハイをして、立ちたい願望が生まれます。
 タッチが出来ると歩きたくなります。
 歩けるようになると範囲の広がりを求めます。
 少しずつ要求に応じて広げてあげると、ストレスなく充実した赤ちゃん人生が過せるのでしょう。
 これは限りなく成長したいことの現われで、今日より明日を具現している良い見本だと思います。

 ここに人間の原点があると思います。
 歩き出す時の努力は並大抵のことではありませんが、半分は喜びをともなっているので、涙ぐましい努力には見えません。
 1歩でも2歩でも歩けた時の喜びは大変なものですネ。
 私たちが新しいものごとに挑戦した時のワクワク感、そしてそれなりのものを感じた時の達成感等、本来赤ちゃんの時から持っている「生きる」事の証しなのかもしれませんネ。
 日々子どもの様に希望に向えることは、人として希望のレベルは違っても、やはり素晴らしいことなのだと思います。

 よく何で希望に向わなければならないのか?
 何で頑張らなければならないのか? と言う方がいますが、人が「生きる」という事は、本来は死ぬまで希望に向って生きたいものなのだと改めて、孫の意欲を見て思うのでありました。

 やがて生まれてくるであろう彼女の夢や希望が、人間的で平和的で愛に満ちた建設的なものであって欲しいと思いますネ。草々。




「山地酪農を一言で・・」と聞かれて 平成18年9月19日(火)
 

先日来訪者のある方に、『「山地酪農」を簡単に説明するとどう云う事でしょう?』と聞かれました。
 本当は大変難しい質問です。
 思い出すのは、本当に判っている人は、難題を簡単にわかり易く説明するが、逆の人は簡単な事を実に難しく難解に説明するから、聞いた方は益々分からなくなる、と言うのを実感した覚えがありました。
 ここは一つ朝から晩まで毎日、山地酪農にドップリ浸かっている人間の本領を発揮(?)しなければなりません。
 なんちゃって、難しくなっちゃったりして、皆さんはどう思われますか?
 かつて猶原 ( なおはら ) 恭爾 ( きょうじ ) 先生は、山地酪農三章と言うのを作っておられましたが、

   一、乳牛を牧山に放牧し
   二、乳牛の自由な営みによって
   三、牛乳・牛体(牛肉)を創造的に生産する

と説明されました。

  先生は山地酪農の指導での三章をお考えでしたが、【2】をこのように少し変える事で、そのまま素人の消費者の方々にも説明できると思います。

 これで何が画期的かといえば、放牧で生産する事をシッカリうたった農法の所です。(今も放牧は若牛以外、奨励されていません。) 
 「放牧」と言えば、皆さんは平地をイメージされると思いますが、平地の少ない日本でそこが一番のネックだったのです。
 しかし先生は「日本シバ」と言う野草の土壌安定効果や牛の好みが抜群な事を見出し、急傾斜地が平地に劣らない生産地になる事を確信しました。

 国土の七割が山地の日本で、雨量(水)と日射量(温度)に恵まれた日本では、草の種類も畜産先進国と比べると圧倒的に多く、実に素晴らしい酪農ができる、と言うことに気が付いたのです。
  そして充分な広さの牧山を乳牛に与える事で、外国の輸入の餌ではない、自分の山から牛乳・牛体を創造的に生み出すシステムは、安全で(皆さんご存知のように)美味しい牛乳がお届けできるのです。


  猶原恭爾博士に感謝です。
  大地に根差し、表土を生かして、野草の力に依存する山地酪農は、今、思わぬ副産物を沢山生み出しそうです。草々。




沼袋保育所の大運動会 平成18年9月26日(火)
 略、皆様お元気ですか?
 いよいよ 9 月も最終週、さすがに寒くなって来ましたネ。
 時間は情け容赦なく過ぎて行きます。アーァ!

 さて、先 23 日(土)地元、沼袋保育所の大運動会がありました。
 全部で 9 名の園児ですが、沼袋地域、小学校、郵便局、両親や親戚縁者が協力しての大運動会でした。
 先生方の行いが良いせいか、大変良い天気に恵まれました。
 緊張する園児達が入場して選手宣誓、立派に出来ました。
 試走式もみんな仲良く手を繋いで出来ました。
  走って踊って、玉入れやゲーム、綱引きやリレー、そして応援と最後まで元気に楽しく出来ました。
 子ども達が本当にかわいいナーと思いました。
 そして子どもはやはり地域の宝だとも思いました。
 見に来たおじいちゃんやおばあちゃん、地域の方々に笑顔と涙(余りかわいいと涙が出る)を生んでくれました。
 子どもは本来、無邪気で、子どもらしいものなのだと、改めて確認しました。

 そんな子ども達が曲がらずに、成長して欲しいですネ。
 そのために地域で出来る事、自分に出来る事、いろいろあると思います。 あまり邪魔にならない形で貢献できれば良いと思います。

 日々にぎわしている恐ろしいニュース、殺した殺されたと言うのを日々やっていますが、人間は 健全に 大きくならなければダメだと思います。

 誰しも我が子の健全な成長を願わない訳はありませんが、親自体の邪念に負けて、本当の事が出来ないのかも知れません。
 甘えて欲しい親心、甘やかしたい親心、全てがかわいい親心。
 等沢山考えられますが、本当にかわいければ突き放さなければ・・・?
 だってその子が死ぬまで面倒を見られるなら構いませんが、そんな筈がありませんネ。
 それなら自立させなければならないでしょう。
 今の自分の感情は自立支援になっているかと問えば、迷いは無くなりますネ。

 観念して、しかし良い子を育てましょう。子どもに愛を!ナンチャッテ?