志ろがねより愛をこめて 2006年5月 

恭次・友人と会う 平成18年5月9日(火)
 緊急連絡です。
 山地酪農ビーフジャーキー追加製造できました。 
 今回製造分は300枚、お早めにご注文ください。
 一枚30gで380円です。

  前略、何だか寒い5月ですね。
連休は良かったのに、この寒さは何でしょう。
皆様お元気でしょうか。
 さて、恭次が2年ぶりに帰って半月がたちました。
 近くにいる友人たちが気を利かせて、久しぶりに3人で会って来たそうでした。
  久しぶりに会いに行くのに、ポンコツに平気で乗って行ったのを見て、「都の車を借りて行けば良いのに、ポンコツで行ったよ!」と高3の令子と母が心配していたのでした。

 帰ってもしばらくは忙しくて、話もしていませんでしたが、先日、悪天の日にその話題になりました。
 母 「楽しかった?」
 恭次 「ウン、すごく楽しかったヨ。」

   友人が恭次に言った、
  「お前、金にもなんねーのに、朝から晩まで暇無しに、よくそんなに頑張れるな?自給はいくらなんだ?」
 恭次 「そんなのしらねーヨ。金なんかにナラネーヨ。」
 友人 「金も貰わねーで、何でそんなに頑張れるのかナー。俺は金にならなければ意欲が湧かネー。」
と言うことだったそうだ。

 月給30万円の彼は、200万円の車を買って見せてくれたそうだ。
 「スゲー!」と見て来たそうですが、「ナーニ、移動が出来れば良いんだ!。」とポンコツに自信を持っていた?とか。

 それを聞いて、母は「お父さんと同じだネー」と満足そうでした。
 そして「又会いたいナー、楽しかった。」と言っていた恭次。
 大したもんだと喜んだ両親でした。もっとも兄もそうだね。
 3万円の給料で13,580円の年金を支払い、残りの16,420円で小遣いにしているのだ。
 お金はあればそれなりだし、無ければそれなりになる。
 不満を思えば不満になり、満足すれば満足できるものだ。
 それよりは何に向かって生きているのか。
 何に生き甲斐を感じているかだろうと思う。
 若者が一生揺るぎない目的意識があるとすれば、それに越した事は無い。
 向かっていれば目的意識も成長するものだと思う。人の道。 草々。



山地酪農に邪念無用 平成18年5月16日(火)
 
山地酪農ビーフジャーキー再販売開始。1枚380円(30g)

 先日、友人が訪ねて来た。久しぶりの一杯に花が咲いた。
 小生は山地酪農をするために、田野畑村に来た。
 30年以上経って、何とか真似だけは出来るようになって来た。
 山地酪農の真髄は、本当に大地に根差すことだ。
 日本の野草の王様のシバを中心にした草地社会を乳牛と共に田野畑村の山で実現することです。


           放牧地に咲くタンポポ!!

 これは単に自分の自己満足が達成できるかどうかの問題ではない。
 日本では実現していない、海外の輸入飼料に依存するのではなく、自分の山で創造生産する。
 出た糞尿も畑や牧山に還元し、再び草になり、山を肥やす。
 何年、何十年、何百年繰り返しても、年々安全で美味しい牛乳が安定的に搾れて、美しい農場は立派に観光資源ともなり、そのままでお客様に満足を提供できるようになりたいと思っています。
 これは今までになかった形でもあり、我ながら大いに期待しているところです。
 しかしこれは放牧型の山地酪農だから期待できると思っています。

 教育の場としても、癒しの場としても期待が出来るところですが、農業生産的にも自前の草だけで、繁殖し、子を育て、牛乳を出し続ける事の意味は、非常に大きいと思っています。
 そう云う言い方をすると、叱られそうですが、山地酪農は、今は誰でも出来る話ではないと思います。
 山地酪農が当たり前の世の中になれば、わが目標は達成した事になるのでしょう。
 それまでは邪念無用。


     ヤマザクラ!! いい匂いもします!

 小生はそう言う形の社会貢献は、分相応で非常に良い事だと思っています。
 漁家も農家も自分の仕事を通して貢献できるとしたら、愉快極まりない事だろうと思います。
 村のみなさんが、こぞってそう言う形で夢や理想を語れるとしたら、考えただけでも楽しくなる。
 わが子にも恥じる事の無い生き方を、考えて欲しいし、実行して欲しい。
 どうしたら自分の仕事や立場で、貢献している実感が得られるのか。
 本物になる事だろうと思うが。
 まだまだ薄っぺらな経営なので、それを少しずつ強化して行きたいものだと思います。
 開拓の妙味も、シッカリ子らに知ってもらいたいものです。
 百姓道を信じ、貫くための人生。ったりして。草々。




新しき大地に向きて! 平成18年5月23日(火)

  皆様お元気ですか?一雨毎に緑が増し、春らしくなって来ましたネ。
美しい木々の芽生え、新緑、草々の広がり、緑と牛の白黒が実に素晴らしく見えるのは手前味噌でしょうか。

  昨日、恭次が帰ってから初めて、第二農場予定地を視察して来ました。 以前見た時よりかなり木が切れて、広がっていました。
 広大さが実感できるようになり、公太郎(23才)も恭次(20才)も興奮気味に歩き回っていました。

 公太郎はビデオカメラを手に、木が切れた山の状態が、2年後3年後と変わっていく様を、是非ともビデオカメラで記録したいと思っているのでした。
 高い所に恭次と上がって見ては「スゲー、景色がイイナー!」、道路も随分通ったし、沢には水が流れている事も確認できたし、山地酪農の構想が少しは見えたような気がして来ました。
 「あそこみたいな急傾斜なところは、無理に草地にしようと思わなくても良いぞ。
 木々を残して林や森の斜面を作るのも良い事だ。」たりして。

 親子三人で色々開拓構想に花を咲かせて興奮しました。
 しかしやはり約64町歩、360度回転して見て、すごい大きな面積だとも実感しました。
 でも時々見る事は刺激になって、大いに元気を付けて歩んで行けそうな気がします。

 取り敢えず30年構想を描き、次には6期に分けた、具体的な5年毎の構想を描く、5・10・15・20・25・30各年と。それぞれ一期ごとの目標を定める。
 この一連の仕事が「青写真」となり、生涯変わらぬ目標ともなる。
 金を掛けずに簡易牛舎や、住宅を建てなければ・・・?
 井戸が出るかどうか?それだけの建物を建てるだけのスペースがあるか?とか、金銭的には変化がどうなって行くかとか。考えるとワクワクドキドキして来ます。
 オヤジも入れて6人の男達の労力を結集して、
 女性軍の協力を得ながら一歩ずつ漸進的に進めばよいのです。
 役15年目になる頃、やっと皆の努力に花が咲くのでありましょう。

 関わる大地と人間と、乳牛と、新しいご縁とに感謝しながら進んで行かれますように、祈らずにいられませんでした。草々。




牧山の刈払い 平成18年5月30日(火)

 前略、皆様お元気ですか?季節は変わったにも関わらず、寒い日も暑い日もありますネ。
 季節外れの学級閉鎖がどこかであったとか。季節も心もある程度は安定してくれないと・・・?

 さて、一番草の草刈りまでの間、少し時間がありましたので、牧山へ刈払いに行きました。
 牧山にはツツジ・セノキ・サンショ・ノイバラ・マツ・カラマツなど等、沢山の不要(牛が食えない)な雑潅木が生え、刈払いの必要があります。
 シバは背が低いのに、極端に日光を好みます。
 大して高くもない木があるだけで、その周りのシバは勢いが半減してしまいます。
 本当はシバでなくても、1本の木の日陰のための影響はあると思います。 しかしそれほど気にならないのは、日本人が草の文化を持たないからだと思います。
 モンゴルの大平原みたいに、遊牧で生えた草を有効活用して人の文化を築いて来た人たちとは、草への感覚に大きな違いがあっても当然です。
 また畑地の風害や塩害とか、乾燥の害や熱帯雨林の消滅など等、逆に日本人にはピンと来ない事でもあるのです。
 何故なら日本ではそうした害がどこにも無いと言えるほど少ないし、真土をさらしても、2〜3年の内には低潅木が生え始めます。
 要するに日本の大地は、林になろう、森になろうとするのです。
 これは本当にものすごい事なのです。

 モンゴルの大地は逆の言い方をすれば、何年経っても草しか生えまえん。
 日本では森林になろうとするのです。この違いは気温と雨量でしょう。
 アメリカのイエローストーンも同じように、何年経っても草も生えない所ですネ。
 日本の恵まれた雨量と気温の為に、よほどの高山にでも登らない限り、コケも生えないなどと言う所は、日本には無いと言えるのです。
 そうした雑潅木が生え、森林になろうとするエネルギーを、刈払いでシバを中心にした日本在来の野草群にしようとするのです。
 実際には刈っても刈っても、ひこばえが出る。
 ナラやカエデのように牛が好むものは、幼木の内に食べてしまいますので心配はいりません。
 食えないものだけでも、こんなにあるのかとうんざりしますが、そう考えると日本の地力に感謝です。草々。