志ろがねより愛をこめて 2006年4月 

自然のリズムと新年度 平成18年4月11日(火)
 前略、皆さんお元気ですか?
 新年度になり、移動や移転に伴い、落ち着かない方もおられたと思いますが、無事に平成を取り戻されましたか?

 4月に入り雪攻めに合い、また冬が来たようですが、自然のリズムはスンナリと春になるのではなく、冬から春に行きつ戻りつ、戻りつ行きつと、少しずつ春になって行くのだと改めて思っています。

我々の老いも、行きつ戻りつ・・?(止めますが)これが自然のリズムなのでしょうネ。時間は早くも遅くもならないし、決して戻りませんが、体感している感覚は、「行きつ戻りつ」ですネ。

 牧山の陽だまりに萌え出た草を丁寧に食べている牛を見て、きっと二・三本しか口には入らなくても、美味しいのだろうナー、と思いました。牧山全体からすれば、まだまだ黄色い冬枯れの山ですが、少しずつ日々、緑が多くなって行くのです。気が着けば春です。

 最低気温が穏やかになり、蛇口が余り凍らなくなりましたが、気温の変化をいち早く察知して、牛たちは毛づやが良くなり換(かん)毛(もう)(春の毛になる)が活発になっています。そして動作が活動的になって来ました。木々の芽も吹く春の準備が出来ているように、牛たちも「草が出るのはいつでもいいよ」と言っているようです。
 やっと融けた雪でぐちゃぐちゃの道路や庭が丁度乾いた頃、また雪が降りますネ。「名残り雪」とか言いますが、今年はもうウンザリです。

 長い長い冬が終わろうとしていますが、子どもたちも皆無事で、春を迎えられそうなのは本当に幸せな事ですネ。

 新年度に入り、高3になった令子は卒業後の心の準備、中3になった純平は寮生活を親から許され、自由を得た喜びの奇声を発していました(そんなに嬉しいのかよ?)。
 6年になった雄志は、自分も早く寮に入りたいとか?親父に叱られるから、ハッキリとは言いませんが。態度に全部出ていました。
 年長になった壮太は、今年は「くがねの牧」熊谷農場の長男、和真君が年少組みに入って来るので、お兄ちゃんにならなければ、と張り切っていましたが・・・?
 みんな段階を経て、知らない内に体験を積んで成長しているものですよネ。
 この一年も元気でみんなが山地酪農に向かって行かれますようにと、頑固親父は祈るのでありました。皆さんもどうぞお元気でありますように!草々。




恭次が実習を終え帰宅 平成18年4月18日(火)

 前略、皆さんお元気ですか?
 まだまだ寒い日が続きますネ。

肥まきの様子。
いい牧草になってくれ!!と思いを込めながら…

 折角始めた肥え撒きでしたが、雪が降り、融けて濡れた草地を、タイヤが傷めてしまうので、中止せざるを得ませんでした。そもそも遅れている作業なのにと、焦りますが仕方がありません。
 自然のリズムに合わせるだけですネ。
 それを楽しむためには、一歩先手の作業にする事でしょう。
 余裕ができて日々きっと楽しいだろうナーと思います。(未経験ですが)

 さて、15日に北海道実習をしていた恭次が帰宅しました。
 鉄道で八戸まで来て、迎えて下さったテレビ岩手の遠藤さん田中さんに送られての帰宅でした。
 この二年間は肉体的に精神的に、充分鍛えて頂いたようです。
 終わりの感想文から、「毎日真剣に向き合ってくれた事に、すごく感謝しています。叱られた時は、何がなんだか分からなくて(笑)、ただ辛いだけでしたが、今はそれが自分の気付かなかった事を指摘される事の、ありがたさを理解できるようになりました。と言う事で特に最近は充実した日々を過ごしていました。」
 「一年間をふり返ると、言葉で言い表せないほど教えて頂いた事が沢山あります。自分が経営者になった時に、きっと活かされると思います。これからも村の人や自然からも学ぶ機会が沢山あると思いますし、そう言う人生がまた楽しみになっています。常に夢を持ち、十年後、二十年後にどういう酪農をやるべきか、今の時点で考えながら、計画をたてる必要もあると思っていますし、そう言う考えに至ったのも三友さんでの実習の成果だと思います。夢だけ描いていた一年前とは、少しは変わったなと思っています。長い間本当にありがとうございました。」 以上。

 散々「考えろ・自分で判断しろ」とご指導されて、自分で考えながら判断もすることに、随分慣れて来たと思います。
 まだ帰って2〜3日ですが自信がうかがえます。
 我が家で育ち、我が家で育成するには限度があると思っています。
 本人が子ども時代からの延長線で、お手伝いの意識で仕事に入ってはならないと思っています。
 やはり実習させて本当に良かったと思いました。
 自分の跡継ぎと言うだけよりも、地域に貢献でき得る戦士として、しっかり育って欲しいと思っています。
 恭次ガンバレ!です。皆様お元気で! 草々。




五月病も何のその! 平成18年4月25日(火)

 前略、皆さんお元気ですか? まだ天候不順が続きますネ。
 さて、63年ぶりの帰国をした、上野石之助さんが故郷岩手へ帰郷したニュースは、感慨深いものでした。
 洋野町の方々の温かいもてなしが心に響いたのか、終始ハンカチで目頭をぬぐう姿に、こちらも涙しました。
 本当に良かったネ。
 帰国されても、お元気で、と祈らずにいられませんでした。
 さて、段々に5月病がはやり出す頃ですが、新社会人や進級者などで、
「こんな筈ではなかった」何て考えている方が居られるのではありませんか?
  一ヶ月や二ヶ月で仕事の面白さや、やり甲斐が見えて来ないのは当たり前ですヨ。
 しかし、どんな仕事にも面白さや、やり甲斐は自分次第で見つけられると思っています。
 与えられた仕事にどういう意気込みで向かうのか、自分の意識を問われていると思えば、回りの先輩や同僚、仲間のセイではありませんね。

 そもそもこの仕事が、自分にとってどう云うものになり得るのかとか、社会的にどうなるべきかとか、高い目的意識に裏打ちされれば、少々では揺るがない職業観が出来ます。
 そうなると結構強いと思います。
 ただ人間には色々な種類の人がいて、目的意識がなくても平気で生活できる人もいますが、小生には考えられない事です。
 それに、職業に根差した夢や希望を持つのに、コストはゼロです。
 高級な物を食べなくても、夢や希望が、やる気やエネルギーをコンコンと湧き出してくれます。
 これは人間にしかない、人間的な能力だと小生は思います。

 やる気が失せかかっているとしたら、どう考えたらこの仕事に価値が生まれるかをシッカリ考えてみて下さい。
 そしてこの仕事を通して、10年後20年後に、自分がどうなっていたいでしょうか。
 結構重要な考えですヨ。
 5月病なんて何のその。
 今こそ希望を胸に生み、具体的な構想で、日々明るく生活したいものです。
 そうそう、そう云えば明るい挨拶が当たり前に出来ることも、非常に財産だと思います。
 要するに、「簡単に絶望するなかれ」「夢や希望が救ってくれますヨ。」
 この仕事も、このクラスもご縁でこうなったのです。
 ご縁を素直に受け、これでシッカリと人間的な成長をするのです。
 我慢すべきは我慢して、練習すべきは練習して、シッカリ自分の成長を楽しみにしましょう。
 何ちゃって!独断と偏見の老婆心でした。お元気で! 草々。