志ろがねより愛をこめて 2005年9月 

人生観・考 平成17年9月6日(火)

 前略、皆さんお元気ですか?
 大型の台風が連続して来そうな、イヤな予感がしていますが、アメリカのように風速70m、なんて言うことがない様に祈るばかりです。

 最近は飛行機事故や自動車事故、テロや戦争そして天災で、大人数の人々が命を落としていますが、日本はテロと戦争が無いだけ、本当に幸せですネ。
 家族や大切な人々が死んで行くことは、天才でも人災でも悲しみは同じでしょう。天寿を全うするのでなければ、本当に悔しいだろうと思います。

 この世に命を戴いた皆が、幸せに天寿をまっとうできる世は、ほとんど在り得ないような気がしています。
 人類の歴史は言ってみれば、争いの歴史でもあります。
 どうしてこう争わなければ生きられないのでしょう。

 最も小生も日々怒ってばかりいる所を、客観的に見れば、「こいつは何で毎日怒っているのか」と思うことでしょう。

 この世にいじめが無くならない様に、争いが無くならないのも納得出来るかも・・・?
 人も生き物なので、弱いものをいじめたくなる本能がきっとあるのでしょう。

 でも、人に限らず、命ある全ての動植物は天寿をまっとうしたいに決まっているでしょう。
 だったらやっぱりみんなが幸せを分かち合い、益々平和で幸せな世の中を願わずにいられません。

 どこの家にも跡取りがいて、どこの家にも笑顔が満ちていて、どこの家にも家族が沢山いる。
 なんちゃって、恥ずかしくなってきました。

 調子に乗って言えば、みんな限られた命なのは間違いない。
 その許された命の営みは、少なくても安心・安全の中にありたいし、その為に自分に出来ることは何か、お互いに考えて見たいものです。

 人として、自分が幸せでいたければ、他人も幸せでいたいのは当然なこと、それが分からない人には世界平和を祈る資格さえないように思えます。
 生きとし生けるもの全てが天寿のまっとうをみんなで夢に掲げたいと思います。

 その第一歩は、
 「汝隣人を愛せよ」
 目に見える、生活を共にする隣人を愛せないで、見えもしない他人を愛せるか!だと思います。
 今日は随分高尚な話になってしまいましたが、これも事と次第の成り行きなのでご堪忍ください。
 だいぶ調子に乗りました。反省しきりです。

 酪農家・百姓として今、掲げるべき目標は安心・安全・自然な牛乳を日々お届けすることに尽きると思います。
 酪農家・百姓として他には必要無いのでは?
 「ガンコ親父のひとり言」でした。

 もうすぐクリ・クルミそしてキノコの季節ですネ。
 秋をおう歌しましょう。
 みんな家族・社会・仲良く楽しく過ごしましょう。草々。 




敬老会・考  平成17年9月20日(火)

 前略、昨19日は地元沼袋地区の敬老会でした。
 村での最高齢は103才だそうです。
 70才以上の方々が100人以上参集しての盛大な会となりました。

 どなたかの挨拶にありましたが、お年寄りを大切にする地域は、自分も将来大切にされることを知り、自然にお年寄りを大切にする習慣が生まれる由でした。

 各家庭でも同じでしょう。
 敬老意識だけでなく、家庭での親たちの生活意識が自然に子ども達に教育されるのでしょう。
 だからこそ普段の親たちの向上心がもろに影響するし、人格の向上が常に求められるゆえんでしょう。

 日常生活で、お客にどう接しているか、お年寄りにどう接しているか、全部子ども達は見ているのです。
 そして自分もどう接して良いのかをちゃんと学び取っているのです。
 恐ろしいことです。
 これを思えばお年寄りに限らず、他人に対する敬意や畏敬の念がそもそも無ければなりません。

 口が悪くても心は優しい人、言葉は丁寧でも心は敬意が無い人、人は色々ですが、身の回りに色々な人たちがいる事実は拒否できない現実だし、現実である以上、どう素直に受け入れられるかが私たちの心に必要なのでしょう。

 明治・大正・昭和・平成を生き抜いて来られた方々、私の父も米寿・母も80才になりました。
 思えば長い間には、戦争・経済危機・天災など、避けられない苦しみも味わいながら家族を守って来ました。
 そこに本当の思いがあるし、苦しみもあった訳です。

 兎も角もご苦労様でした。の思いは誰しも共通に言える事でしょう。
 以前は生きている事だけでは価値が無いように思っていましたが、今は全く違います。

 私の祖母が生前、我がまま放題で92才で旅立ちましたが、その瞬間、あまり苦しむ事無く静かに逝けて、本当に良かったと思いました。
 そして穏やかな顔を見て、死ぬことは神仏のみもとに帰る事なのだと感じました。

 両親始め、関わるお年寄りたちには、お世話様になる一方ですが、そういうように自分より若い人たちに出来るだけのことをして差し上げたい思いです。
 「親孝行したいころには親はなし」ではありませんが、できる心境になるまで、実に余裕が無いままに生活しており、思えば本当に申し訳ない限りです。

 でも人はそういうものなのでしょう。
 焦らず、今出来ることで世の中に対する貢献を心がければ良いと思います。
 「親思う心に勝る親心」ですね。
 本当に感謝。周りの命にも感謝ですネ。草々。




兄を立てる 平成17年9月27日(火)

 前略、台風に秋雨前線、続かないお天気をうらめしく思ってしまいますが、皆様お元気ですか?

 この秋はクリもクルミもダメです。ヤマナシもダメです。
 こんな時は諦めるしかありませんが、先日近くの産直に牛乳を卸しに行ったら、何とマツタケが沢山出ていました。
 改めてもうそんな時期かと思うと、やはり乾草が取れていない焦りを感じます。

 結局気掛かりがあると何かに付けどうしてもそっちに気が行ってしまうのですね。
 台風も前線もちょっと一休みして貰いたいものです。

 熊も食べ物が不足している様子で、仲間の飼料用のトウモロコシがかなりやられてしまったそうです。
 人が来ると近くの林に逃げ込んで、気配が無くなると出てきて食べるのだそうです。
 そして見られないように畑の中心から食べ始めるのだそうで、本当に感心させられます。
 そんな場合じゃありませんが。


 秋の1コマ。いつものように仲良く(?!)
『行ってきま〜す』

左 保育所の壮太
右 小学五年の雄志

 後ろには紅葉の始まった山が二人を見守ってくれています・・・

 小学校からも注意のお触れが出ました。
 以前配られた、熊除けの鈴は立派に音を出してくれています。そういう物が身に付いている限り、ばったり出会う心配はありません。

 徒歩通学の雄志(5年)に徒歩通園訓練中の壮太(4才)が、手を引っ張られるようにしながら、歩行訓練中ですが今はもう大分慣れてきました。
 4q歩く内にはかなり困らせる事もあったようですが、他人ではないし、雄志だって兄や姉の世話になって来たのですから、文句を言っても聞いてあげるだけで、兄の雄志は仕方無しに続けています。
 でもハッキリと進歩が見えて来たところで、雄志にはお礼を言いました。

「雄志のお陰だよ!こんなにシッカリ歩けるようになったのは。」

保育所から高校まで13年以上歩いて通うこの道路。
 一人一人に思い出の詰まった道路です。
  春には桑の実を食べながら、夏には虫を見つけながら、秋には栗を拾いながら、冬には道路に雪道をつけながら…

 子供たちの成長を一緒に見てくれている「道」です。

 つまらなそうな雄志の顔がパッと明るくなりました。
 生意気であったまにくる弟と今朝も「行って気まーす!」と7時、元気に出かけて行きました。

 今回は知り合いのメールから、無断で一文を書きたいと思います。
 渡米してから13年目の息子野口英世に宛てて母がカナを習って懸命に書いたものだそうです。

 『お前の出世には 皆たまげました。
 私も喜んでおりまする。
 どうか早く来てくだされ。
 早く来てくだされ。
 早く来てくだされ。
 早く来てくだされ。
 早く来てくだされ。
 一生の頼みでありまする。
 西さ向いては拝み、東さ向いては拝み、しております。
 北さ向いては拝みおります。
 南さ向いては拝んでおりまする。
 早く来てくだされ。
 いつ来ると教えてくだされ。
 この返事、待ちておりまする。
 寝ても眠られません。』

 年取った母の子に会いたい一心が出ていて、何とも心を打たれました。
 本当は一行づつになっていますが、ご勘弁を。草々。