くがねの牧通信 2007年9月 

     発行者:田野畑山地酪農牛乳
     住 所:岩手県下閉伊郡田野畑村長根54
     編集・文責:熊谷 宗矩
     TEL:0194−34−2266
     Eメール:yamati@juno.ocn.ne.jp
     ホームページ:http://yamachi.jp/ 
   第5号・平成19号9月19日

 

       『 第11回現地交流会 』

 皆様、こんにちは! この間の交流会では遠い所をたくさんのご参加を頂きまして、本当に有難うございました。多くの皆様のご協力のお陰で、無事大盛況のうちに終わった事、心より感謝申し上げます。今回で11回を数える交流会でしたが、駐車場が狭かったり、考えていたイベントが段取り不足で出来なかったり、バスの運行進路が間違っていたり、バーベキューの焼き手が少なかったりと、挙げればきりがないほどの反省点がありました。この場をお借りして、ご迷惑をお掛けした皆様に心よりお詫びいたします。来年はこの反省点もよく踏まえ、来て頂いた皆様が少しでも笑顔になって頂けるよう、準備していきたいと思います。来年は志ろがねの牧でお待ちしております!!


 交流会前日、外は雨・・・。明日の予報も雨のち曇りとあまり良くありません。準備のため放牧地に来ているものの、雨除けの為のビニールシートを上手く張れず、心もこの天気のように重く沈でいたのでした。
  「宗さん、どうしますか?」時より強く吹きつける雨の中、研修生の蔵井さんが尋ねてきます。明らかにその顔には、進まない作業を指揮するリーダーへの不満の色が伺えます。ちょうどこの交流会に合わせるように、東京農大3年生の平本さん、1年生の蔵井さんと植松さん、3人もの研修生が実習に励んでいました。「うーん・・・。」その蔵井さんの問い掛けに、なかなかいいアイディアが浮かばない私・・・。結局この日はビニールシート張りを諦め、テントのみの組み立てとなったのでした。
  さあ、いよいよ交流会当日の朝です。降り続いていた雨もようやくあがり、なんとか山で開催できそうです。朝の搾乳を終えた牛達も、今日が大事な日と分かっているのか、張り切って傾斜のきつい山道を登っていくように見えます。ただ、空模様は相変わらずで、いつ雨が降り出してもおかしくありません。やはり、なんとしても雨除けのビニールシートは必要なようです。「さて、どうしよう。」しかし、その心配はすぐに吹き飛んだのでした。一人、また一人と地元のベテラン職人?さん達が、朝早くから準備を手伝いに駆け付けてくれました。さすがです。 時々、「こうだべ、ああだべ。」と意見がぶつかりますが、それでもすぐに大きなビニールシートの屋根が完成! 昨日から頭を悩ませていた研修生たちも、その手際の良さに感心していたようです。私の立場はありませんが(涙)。

 

 牛乳友の会の花田会長による熱い乾杯のご発声でスタートした交流会は、甲地鹿踊りの見事な舞でいっそうの盛り上がりを見せたのでした。参加者は70人にもなり、自前の牛肉、地元産の野菜類、川魚・海魚、お豆腐などが飛ぶようにお皿から消えました。牧場内を周遊したトラクターワゴンでは、80歳を超えるお婆ちゃんも子供の様にはしゃいでいました。夕方4時、我々が片付けを終え、自宅に戻ってきたときには、すでに2次会が始まっていました。自宅の中からは、賑やかな会話が聞こえて来ます。「混じりたい!」率直な気持ちですが、ここからがもうひと踏ん張り、お乳が張った牛達が待っています。夜7時、搾乳を終えまた牛達をまた山に帰し、自宅に戻ると、なんと、まだ宴会は続いていたのです。残っているメンバーは、地元のベテラン職人さん達。私と研修生も加わったその宴会は、さらに深夜12時頃まで続いたのでした。その詳細は・・・この紙面ではとてもとても話せません(笑)。        どんどはれ!


   《研修レポート》               
             
宮古地方振興局 農政部 峠舘 大介(28歳)

  7月23日から8月3日までの12日間で、田野畑村田代の熊谷牧場(くがねの牧)にて農家体験実習を行った。熊谷牧場では山地酪農という放牧型の酪農を経営している。放牧型酪農は搾乳のときのみ牛舎に牛を呼び戻し、作業が終われば再び牧山へ返す。牛は搾乳のとき以外は牧山にいるのだ。家の裏山は30年前からこつこつと作業を繰り返し今現在は25haのシバの絨毯で覆われた美しい牧山へと変化し、そのような美しい牧山で牛たちはのびのびとシバを食していた。起伏の多い山々で育った牛の強靱な足腰、食べ物も十分あるため健康そうな体が印象的であった。実家が酪農を経営しているので基本的な作業体系は理解していたが、普通の酪農家と異なるところが、搾乳前の牛舎の出し入れである。久々の農作業ということで体がついていくかどうか不安であったが、作業の流れを把握し自然に体は慣れていった。天候も良く、12日間の研修はあっという間に過ぎた気がする。
  朝夕は搾乳作業では、搾乳前に山へ牛を呼びに行く。「コーイ、コーイ。」という呼びかけにカウベルの音が聞こえ、牛舎の入り口付近まで戻ってきている。群ではリーダー牛が群れの先頭に立ち引っ張って来ており、すべての牛がきちんとついてくることに驚いた。はじめは私の呼びかけで寄ってこなかった牛たちが、徐々に来るようになったのはうれしかった。牛舎内での行動でも、牛たちは毎日間違うことなく決まったストールに入っていく。初産牛でも馴致させるのに2週間から長くて1ヶ月で済むという。牛の認知能力の高さにも驚かされた。
  天候が良いこの時期には牧草収穫の作業がある。機械作業が出来なかった私はとにかく石やぬかるみによりトラクターなどの機械類が入れない場所を刈払機で刈り取った。暑い日差しの中、アブや蚊と戦いながら作業を行った。刈り取った牧草は収草機で集めることが出来る場所まで移動し、あるいはダンプへ積み育成牛や子牛の餌として与える。地域によって環境や立地条件等から作業体系が若干異なることが分かった。越冬飼料確保のため少しも牧草を無駄にはできないことが中山間地域の不利な条件の場所でかつ雪の降る地域で身をもって体験できたと思う。放牧地の作業については牧柵の補修と残草刈りが主となった。放牧酪農特有の作業である。冬に雪の重みでバラ線が切れるためバラ線を張っている放牧地中の林、かなりの急勾配のある場所など外周を点検しながら補修をしていく。杭も木製のものは腐植していて倒れているのでバラ線を張ることで応急的に立て直していった。残草刈りは放牧地内に生育しているアザミやバラを刈り取る作業である。熊が出没するから鼻歌でも歌いながら徘徊していればと大丈夫だけど気を付けろよと宗矩さんに言われ、私は一人牧山に放牧された。鼻歌まじりで作業をしていてが、かなりの急勾配とアブ・蚊の攻撃に私の体力は奪われ、鼻歌なんぞ歌っている余裕がまったくなくなってしまった。宗矩さんが迎えに来た頃には体の回りにアブ・蚊を引き連れ憔悴しきった顔だっただろうと思う。
熊谷牧場では、毎年多くの研修生を受け入れている。今回の研修期間にも後半1日重複して研修生がやってきた。その1日で作業の引継を行ったが、てきぱきと仕事をこなす方であり引き継ぐのが大変楽であったし、安心できた。牧場で保存している研修生の記録を見ても皆が満足し、また、目標にしていることがよく分かった。自然を活用した経営形態と家族のあたたかさが作業をやる気にさせているのであると感じた。この牧場の与えている影響の大きさが感じられた。この研修では目指す農業がしっかりした信念を持っていれば実現できる可能性があるかもしれないと感じ、また、消費者との交流を通じて顧客と信頼の確保につながっていることが分かった。これから、畜産業を含めた農家の皆さんのお手伝いを微力ながら仕事を通じて出来ればと考える。