くがねの牧通信 2007年6月 

     発行者:田野畑山地酪農牛乳
     住 所:岩手県下閉伊郡田野畑村長根54
     編集・文責:熊谷 宗矩
     TEL:0194−34−2266
     Eメール:yamati@juno.ocn.ne.jp
     ホームページ:http://yamachi.jp/ 
   第1号・平成19号5月30日

 
 よろしくお願いします!
   皆様、こんにちは!くがねの牧の熊谷宗矩です。今月よりくがねの牧通信ということで、一枚の牧場新聞を発行する運びとなりました。先月までは、「まき」の紙面で、独り言のように牧場であったことや無いことを(・・・無いことはないですが)綴っていたわけです。過去をひも解けば私が「まき」に通信を載せ始めたのが、平成11年の1月からなので、なんと8年以上の歳月が経ってしまいました。 特に初めの頃は、文章は酷過ぎましたが、正直に言いますと書くのも憂鬱でした。強制的に「原稿はまだ?」と、迫ってくる吉塚編集長の声に怯え、「俺は、牛飼いで、物書きではないぞー。」と、何度も叫びたくなりました。しかし、今はこの機会を与えられた事に、とても感謝しております。先ほども書きましたが、8年間です。月一回ではありますが、これまでの積み重ねは8×12で、約100ページにもなります。これは何よりも牧場と私自身の貴重な記録となったのでした。
  先日「むね君、くがねの牧通信として、やってみないか。」と、吉塚代表からの言葉を受けました。志ろがねの牧では公太郎君、恭次君と2名の若者が志を新たに故郷に帰ってきて頑張っています。若い彼らにも是非この喜びを味わってもらいたい、自分自身の記録を残していってもらいたいと思いました。そう願うのは、家族のみんなも同じでしょう。また、私自身の成長を考えた時、いつまでも吉塚代表におんぶに抱っこではなく、自立という選択肢を選ぶ時期かもしれないと思いました。このように様々なことを考えた結果、自立を決心し、ここに至りました。かなり大げさかもしれませんが(笑)。いつまで続くか分かりませんが、毎月発行を目標に、家族全員で頑張りたいと思います。この通信を読んでいただいた皆様が、ホッと一息付けるような、そんなお便りをこれからも心掛けたいです。今後ともどうか宜しくお願い致します。


 
     『さらば、エイトマン』

 5月5日、種雄牛の8号、通称「エイトマン」が売られて行きました。エイトマンは3才、自分の娘も成長しており、近親交配を避けるための出荷で、最近は雄牛特有の気性の荒さも目立つようになって来ていました。見知らぬ人が近づくと、「ウ〜ウ〜。」と、唸り声をあげ、頭を低く下げ、前足で地面を掘るという威嚇は、闘牛顔負けで、トラックに積まれる時には、その巨漢と馬鹿力を余すところなく発揮し、家畜商さんのトラックの後ろの扉を固定する金具を、押し曲げたのでした。恐るべし、エイトマン!



     『ミラクール復活?!』

 お産の際の起立不能から、奇跡的な回復をみせたミラクール号は、本格的な放牧が再開されました。痛めた右後ろ足はまだ完全とは言えませんが、しっかり群れに付いていき、一斉に伸び始めた新芽を美味しそうに食べています。しかし、放牧再開の初日、群れのみんなとは数ヶ月ぶりの対面の際には、なんと自分より1歳以上年下の小さな育成牛にも、頭突きで追い回される有様。始めは少し抵抗もしていましたが、さすがに病み上がりでは無駄なあがきだったようです。群れでの強さ順位は最下位まで下がってしまい、牛社会の上下関係の厳しさを痛感しているところです。ただ、始めは心許無かったその足取りは日に日に安定してきて、改めて優れた順応能力に目を細めるこの頃です。ほぼ完全復活です!! 



      《研修レポート》


                                                    平田 祐二
  社会人になって6年目、改めて自分の人生を見つめ直しておりました。
 本当に自分のやりたいことは何か。
 どんなときに自分は幸せなのか。
  大学時代における就職活動の際、自分に向いている仕事として一番先に思いついた職業は農業や漁業でしたが、土地も船も持っていない私が始めるにはあまりにも現実離れしているとして頭から切り離しました。昨年の暮れ、インターネットでたまたま山地酪農やくがねの牧のことを知りました。そこには、牧歌的な風景の中でおいしそうに草を食む牛たちの写真が掲載されており、私は直感的に「これが自分のやりたいこと」ではないかと思い、今回15日間の研修をお願いさせていただいたのでした。(くがねの牧で13日間、志ろがねの牧で2日間お世話になっております)
 研修初日、時より小雨が降りしきる厚い雲におおわれた曇り空。山地酪農を全身で感じる生活の始まりです。新しい一歩を踏みしめる喜びと自分の体や家庭のことも含めて先行きを考えたときの不安を抱えながらの出発でした。牛に触ったこともない私にとって、やることなすこと全てが初めての経験でした。牛に蹴られないかビクビクしながらの搾乳。配達先のワンパクな犬に噛まれた牛乳配達。百年近い歴史に触れることができた味噌作り。雄大な牧を眺めながら行ったバラ線修理。土や風を肌で感じた畑仕事。その他にもキノコ狩りや薪割り、イワナ釣り、手作りの牛乳豆腐などなど。本当に多くのことを体験することができ、一つひとつが私の人生の貴重な1ページになったと思います。
 超が付くほどの初心者の私を熊谷家、そして吉塚家の家族全員で手ほどきをしてくださいました。私は、シチューの中のジャガイモのようにルーで温かく包み込まれるような感じでした。このような周りへの細心の心配りと大地の恵みに対する感謝の気持ちを共有することによって深まっている家族としての絆、それに川の流れに身を委ねるがごとく全てを受け入れる姿勢が、牛乳のおいしさにつながっているのではないかと、いま思います。
 研修最終日の朝、雲一つない快晴。1週間を過ぎたあたりから筋肉痛で油が切れたロボットのような動きになっておりましたが、どうやら怪我なく無事に研修を終えれそうです。体が資本の酪農業をお手伝いさせていただいて、あらためて自分の体力の無さを痛感しました。今後何を行うにしても体力の向上は必要ですね。そして私の心境はというと、今日の天気のように雲なく綺麗に晴れわたるという状態にまでは至っておりませんが、少なくとも研修前よりは雲の数が減り、陽光も差してきたのではないかと思います。以前の私であれば「山地酪農をやりたい」という漠然とした思いしかなく暗然とした状態でしたが、お手伝いを通して、山地酪農にかぎらずこの先のビジョンがうっすらとではあるが見えてきたような気がします。
  今回の研修で本当にいろいろな人と出会い、多くの言葉をいただきました。それを大切な宝として家に持ち帰り、くがねや志ろがねの牛たちのように反芻しながらしっかりと考えて行きたいと思います。この15日間を人生の転機として、日々努力を積み重ね、自分自身を毎日少しずつ成長させていきたいものです。もちろん家庭内の調和も大切にしながら。