くがねの牧通信 2005年3月 

 奇跡を願って

 皆様、こんにちは!2月は日数の短い月ですが、本当にあっという間でしたね。
  いよいよ3月。 3月と言えばやはり卒業式でしょうか。
志ろがねの牧では、保育園、小学校、中学校、高校と、なんと4名の卒業生があるそうです。ほぼ完全制覇と言ったところでしょうか(笑)。
くがねの牧では、1頭、まだ卒業しないでくれと心配している牛がいます。今現在もその容態は一進一退です。

 2月24日(土曜日)、23時半。私は東京行きの夜行バスに乗り込んだ。横浜で翌日行われる学生時代の友人の結婚式へ、出席する為である。盛岡の友達と、バスの出発時間までとすでに一杯やり、ほろ酔い気分の私。 いつもなら、「滅多に出来ない旅行を心置きなく満喫するぞ!」と、出発前に心に誓っているのだが、この日はひとつだけ、気懸かりなことがあった。
 前日の夕方、牛乳配達が少々手間取り、搾乳時間がいつもより遅い時間になってしまった。そんな時に限ってである。
  「ねーねー、牛が産まれそうだよ。」
と、妻が報告に来た。しかも1回目のお産で迎える初任牛、まだ名前も付けていない牛であった。
「長引かなければいいが。」
私の素直な感想だった。分娩は、時間が長く掛かればその分、母体の体力も消耗し、事故につながる危険性も高まっていくのである。初めてのお産は十分に注意しなければならない。何度もお産を繰り返している成牛に比べ、まだ成長過程にあり、体の大きさもひと回り小さい初任牛は、産道の開き具合も全然違ってくる。難産の確率も当然初任牛のほうが高くなる。これは人間にも言えることで、こんな事を書けば怒られるかもしれないが、我が息子の場合、次男は長男の半分の分娩時間であった。急いで駆け付けた私も間に合わないほどのスピード出産・・・。
 急いで搾乳を終えたのだったが、時計は20時を過ぎていた。時々、気張って「うーうー。」と声をあげている名無しのごんべい号だったが、未だ子牛の前足は先のほうしか見えてこない。横になり力み出してからすでに2時間近くが経過している。少々時間が掛かり過ぎかもしれない。お袋が子牛を引っ張り出すように、ロープなどの用意を始めていた。こんな時に限って、頼りの親父は留守だった・・・。

  30分後、ようやく両方の子牛の前足が、分娩用のロープを引っ掛けられるようになった。しかし、その前足はかなりの大きさだった。狭い産道にかなり大きさが予想される子牛。しかも頼りのベテランは留守。嫁が心配そうに見つめる横には、余裕をかまして他の作業を続けている息子・・・。お袋は考えたのだろう。そして、即決断! 電話で隣の源一さん夫婦に助っ人を頼んだのである。
 「随分、大きい足だなあ。」
手伝いに来てくれた源さんが、その子牛の足を見た第一声だった。その笑顔を見ながら、私も内心ホッとした。後はベテランの指示に従うだけだ。早速源さんは足が見えている子宮に手を入れ、子牛の状態を確かめた。
 「なんか、おかしいな・・・。体が少しよじれている可能性があるぞ。」
なんと不吉な。
 「だ、だ、大丈夫ですか。」
 「うーん、取りあえず時間も経っているから、少しずつ引っ張るか。」
 そう言うと、滑りが良くなるようにと、お湯で溶かした石鹸水を子宮の入り口の部分に満遍なく塗り、子牛の前足にセットされたロープを軽く引っ張り始めた。私も加わり、親牛の力むリズム合わせてロープを引っ張る。
  奥さんの富枝さんが、両足に続いて出てくる子牛の頭が出やすいようにと、両手で産道を軽く広げたり、石鹸水を補充したりと、ナイスのフォローである。30年以上も共に牛飼いをしてきた2人の息は絶妙である。
  くがねの牧もこれまでどれ程助けられたことだろうか。しかし、2人の息はピッタリなのだが、口の息からは、ほのかに焼酎の匂いが(笑)。たぶん、2人で晩酌をしていたのだろう。
口では
「オラほう(家)の、かが(妻)は、・・・・(この部分は想像に任せます)。」
と、冗談交じりに悪口を言う源さんだが、実は非常に仲がいい。楽しい時間を邪魔した様だ。
 しかし、そんなのんびりと想いにふけっている場合ではなかった。
予想以上の大物に、作業は困難を極めていったのである。 
                                      つづく