くがねの牧通信 2007年1月 

  いのしし

 皆様、こんにちは! 新年あけましておめでとうございます。本年も変わらず、どうか宜しくお願い致します。新年始めの通信は、今年の干支「猪」との体験談をご紹介したいと思います。山地とはあまり関係ありませんが、どうかご容赦を。気の早い話ですが、来年は鼠年ですか。1月号は干支シリーズがいいなあと閃いたのですが、うーん、ね・ず・み・・。早くも暗礁に乗り上げそうです(笑)。

 私が初めて猪と出会ったのは、今から13年前の事でした。 宗矩青年20歳! 静岡県にある東京農業大学、富士畜産農場に、1年間お世話になっていた時です。富士農場はさすがに大学の農場だけあって、様々な家畜や動物たちが飼育されていました。なかでも、農場の象徴的な存在だったのが5頭の水牛達です。背中に乗って移動することも出来た彼女達の周りには、いつも人が集まっていました。また、水牛小屋の前に広がる牧草地からは、雄大な日本一の富士山を望め、多くの写真家も訪れるほどです。まさに、いろいろな意味で水牛達は農場の顔でした。
  そして、本年の干支でもある猪達といえば、余り人目につかない日当たりの悪い林の合間の小屋に押し込められ、もちろん富士山などは見えません。その小屋に行くには小道しかなく、農場に実習や研究に通う学生なども、その存在すら知らないことでしょう。水牛が表の顔なら猪は裏の顔、水牛達が光なら猪は影、まさに対照的な扱いを受けていました。

その猪小屋には10頭ほどの猪が飼育されていました。ほとんどが日本に昔から住む日本猪でしたが、1組だけ「ペッカリー」という品種のものがいました。名前も可愛いですが、外見も、ピンと伸びた真っ黒い体毛に、上向きの小さな丸い鼻、大きさも中型犬ほどで、とても可愛らしいのです。 が、しかし、性格は極めて凶暴。このペッカリーは南米に生息しており、群れで行動していますが、ジャガーなど肉食獣に襲われると、1頭だけでその敵に向かって行き、その隙に仲間を逃がすという勇敢な猪だそうです。その名残でしょうか、我々が餌や除糞のために檻に入ったときは、雄はゆっくりと近づいてきます。これがまた恐ろしいのです。牙なんて10センチ以上もあるのです。そして、ゆっくりと近づいた雄は、タイミングを見計らったかのように、「ふん!」と、可愛い鼻から鼻水や餌を飛ばして来るのです。何だ、その程度かと、思っているかもしれませんが、その程度でなければ、今ここに私はいなかったでしょう。
 日本猪の中にも凶暴なものが1頭いました。近所の山で捕獲されたばかりの野生の猪です。彼女はまだ成長期で、体は他の猪よりは小さいものの、動きは素早く、唸り声などはなかなか迫力があります。月に1回、豚班は全部の豚と、そして、なぜか猪の体重測定をします。「猪は別にいいだろう。」と、抗議したのですが、もちろん却下です。牙が長い猪を素手で挑むことはとても危険なので、体の前にコンパネの板を持ち、そして、その板を盾に、少しづつ体重計の備えた小さな檻へと、追い込んでいくのです。この作業はだいたい2人一組で行うので、お互いの呼吸が非常に大事になります。これは、本当にただ嫌な作業でした・・・。
 いつも手を焼かせるのが、問題のあの野生猪。あるとき、唸りを上げて、少しの隙でもあれば逃げ出してやるぞ!と、動き回る野生児を、何とか体重計まで入れたのですが、今度はその小さな檻の僅かな隙間から、尖った口を突き出してきたのです。そして、その前に立っていた豚担当の職員さんの作業服をがぶり。幸いにも服が破れる程度でしたが、その暴れっぷりには、野生の怖さをまざまざと体感させられました。
 水牛と猪の光と影、お分かり頂けたでしょうか? 猪はとても素人が触れる代物ではありません。山でもし猪と出会ったら、逃げてください(笑)。当時、富士農場には(ご存知の方もおられるかもしれませんが)豚に猪を掛け合わせる「イノブタ」というものがいました。ただ、体重測定の際には、その動きの素早さに、舌を巻きました。豚肉よりはヘルシーで人気が出ると言われていましたが、猪の血が入っただけでこれほど豚と動きが変わるとは、我々にすれば勘弁してもらいたいイノブタ君達でした。