くがねの牧通信 2006年10月 

ヒッチハイク

 皆様、こんにちは! 早いものでもう10月です。
 今年も残り僅かとなりましたね。私も33歳になるわけです・・・。
 先月の末から村内の駅伝大会の練習が始まり、人数が少ない地域のため、当然私も借りだされ、毎年のことと言っても案の定ひどい筋肉痛です。
 年のせいかなかなか疲労回復が進まず、若い者にはやる気がないのかという目で見られるこの頃です。
 しかし、見ていてください。10月23日の本番にはきっと、きっと、必ずや・・・。

 9月26日(火曜日)、この日は私と公太郎(吉塚)にとって忘れられない牛乳配達になりました。
 早朝5時、私は志ろがねの牧に着きました。
 いつものように盛岡配達の相棒である公太郎君が、保冷車に、600本近い牛乳をすでに積み込み終わっています。
 辺りはやっと夜が明けようとしています。
 「よし! 公ちゃん、今日もがんばろう!!」私達はお客さんが待つ盛岡に向けて出発しました。
 今日はどんな感動が待っているのでしょう。

 山地号は順調に国道455号線を進んでいき,40分後、隣の岩泉町の小川地区にさしかかりました。
 そこに、嵐が突然やってきたのです。
 ふと道路脇を見るとおばさんが1人がこっちに手を振っているではありませんか!
 公ちゃんと私は何事かと一瞬顔を見合わせました。時間はまだ6時前です。
 何かあったのかもしれない。
 少し通り過ぎたのですが、後ろから車が来ないことを確認し、おばさんの元へ戻りました。
 おばさんもこちらに向かってきます。
 そして、おばさんの脇に車を止め「どうしたの?」と言葉を発しようとした瞬間、いきなりおばさんは助手席側のドアを開け、そこに座っている公ちゃんの顔を見ると、「ありゃー、もう1人乗っているのがー、じゃあ、もう乗れないがなあ、盛岡まで行くんでしょう、3人は乗れないべーか。」と勢いよくまくし立てて来たのです。
 我々はしばらく唖然として言葉が出ませんでした。
 と言うよりその態度に私は少しムッとしていたのです。

 しかし、そこが私と公太郎君の違いです。
 優しい彼は「狭くても良かったらどうぞ。」と荷物を両腕に抱え席を空けてあげたのです。
 と言うわけで、盛岡市内までの約1時間半の3人の珍道中が始まりました。

 公太郎と60過ぎだと言う見ず知らずのおばさんはなにやら話が盛り上がっていましたが、運転中の私は余りのおばさんの図々しさに嫌気がさしていました。
 しかし、話は田舎ではよくあるあの話題に。
 「あの、吉塚さんは、独身かい? 盛岡にいる私の姪が27歳になるんだども、まだひとりものでさあ、よがったらもらってくれない。」
 キラーン! 私の目が光りました。
 「おお、公ちゃん、会ってみるだけ会ってみれば。」
 あまりの私の態度の変化に公太郎はまた始まったかとおばさんに気が付かれないように脇腹のあたりをこぶしで突っいてきます。
 急に意気投合した私とおばさんに公ちゃんが必死で弁解します。
 「いや、実は私やり取りしている人がいるんです。」
 「嘘つくなよ、聞いてないよ。」と私が返せば、
 「いや実は誰にも言っていなかったんです。」
 困っていると分かりきっているのに、ついつい意地悪したくなる私でした。
 ただ、公ちゃんが幸せになることは心から願っているのですよ(笑)。

 いつもは途中の岩洞湖のお客さんまで私が運転し、そこから盛岡市内まで公太郎君が運転し、お互いが運転しているときに、おにぎりを食べ、朝飯にするのですが、その日も初めにおにぎりを食べようとした公ちゃん、どうしたと思います?
 おばさんが朝ご飯食べたか確認し、食べてないと平気で言ったおばさんにおにぎりをひとつあげたのです。
 その誰でも分け隔てない優しさに、私は心を打たれました。
 なんだかどちらが先輩か分かりませんね。

 ちなみに公ちゃんはおばさんとの別れ際に名刺を要求され、
 「今度お願いするときはここに電話するがら、道路で手を振っているのも結構疲れるがら。」と、意味不明なことを言われていました。
 その日の帰り道、もちろん私達はどうやったらあのおばさんに出会わずに盛岡まで辿り着けるか、と言う案件を終始話し合ったのでした。