くがねの牧通信 2006年7月 

我が家のロナウド

 皆様、こんにちは!
 先月末にやっと一番草の収穫が終わりました。
 いろいろな行事と重なったこともあり、なんだかいつもより長い1ヶ月に感じましたが、何はともあれ無事終わったことで、ほっとしているところです。
 今日は雨です。久しぶり?にゆっくりしようかと思いましたが、なんと7月に入ったというのに、まだ「まき」の原稿を書いていないではありませんか!
 何を書こうか、もう話題が・・・。あっ!!

 話は少し遡りますが、今年のゴールデンウィークは、弟の光(みつる)が帰省していました。
 今年で大学を卒業する彼は、今、就職活動で忙しいようです。
 こちらとしては仕送りもあと少し、とにかく早く卒業してくれと言うのが本音でしょうか(笑)。
 ですから、たまに帰省すると、ここぞとばかりに手伝わせます。
 ですから、私の兄弟はあまり実家に寄り付きません。
 今回もまたそうでした。今回は5月2日が火曜日だったので、私は盛岡市内の牛乳配達で家を留守にしました。
 もちろん、私の代わりに光が牛舎での搾乳や掃除をやらされていたのは言うまでもありません。
 夜の9時過ぎに帰宅した私は、弟が足を引きずっている姿に驚きました。
 「どうした?」と尋ねると、弟は「牛に蹴られた。」と言うのです。
 もしかして・・・。私の頭にはある一頭の牛が思い浮かびました。親父に確認するとやはりそうでした。

 平成14年4月19日、フジコ号は産まれました。
 頭の形に特徴があり、特に盛り上がり具合が富士山のようなことからフジコと名付けました。
 昨年の10月に2回目のお産をし、順調に過ごしていました。

 今年の3月、最近の紙面に再三登場しましたが、北川さんという女性の研修生が一ヶ月間実習していました。
 あれは忘れもしない、その実習初日のことです。
 搾乳の手伝いをしていた彼女が、最後に搾ろうとしたのがフジコ号だったのです。
 搾乳をする前にタオルで乳房を綺麗にふき取るのですが、その最中に彼女はフジコ号のキックをもろにくらい、木の葉のように吹き飛ばされたのでした。
 私はちょうど向かいの牛の乳房を拭いていたので、その決定的瞬間は見ていませんでしたが、向かいにいた私の目の前まで、彼女は転がってきたのです。
 その蹴りの威力の凄まじさが分かります。
 翌日、大事を取って北川さんは病院で検査を受けてもらいましたが、大事に至らず本当に何よりでした。
 初めから少し人見知りするところはあったフジコ号でしたが、まさかこれほど急変するとは。それからというもの、フジコ号は輪を掛けてその傾向が強くなってきました。
 他人の姿を見ると鼻息が荒くなり「フン!フン!!」と、かなり警戒しています。
 それでもまだ、飼い主の私や親父に足を上げることはありませんでしたが。

 弟の光が負傷した翌日、フジコ号はもちろんいつものように私が搾りました。
 私自身も少し警戒し、彼女も昨日の今日なのでいつもより落ち着きが無いようです。
 「よし、よし、俺だよ!!」と、いつも掛けたことの無いような優しい声でな だめながら、作業を続けます。
 そして、搾乳のミルカーを最後の4本目の乳頭に装着する瞬間、ビューと唸りを上げて蹴りが飛んで来ました。
 辛うじて直撃は避けたのですが、かすっただけで足には擦り傷が出来ていました。
 毎日、野山で足腰が鍛えられているとはいえ、恐るべし・・・・。
 それにしてもなんでこいつはこんなに興奮しているのか、私には意味が分かりません。
 それでもこれでも何とか搾った真似をして、次回のお産が3ヵ月後に迫っていたので、少し早いですがフジコ号の搾乳はお休みにしました。(通常は次回のお産の2ヶ月前から搾乳を休み、乳房を休める)。

 私はお休み中のフジコ号の尖った頭を触りながら、時々話しかけています。
 「次蹴ったら、絶対売るぞ!!」。果たして彼女に願いは通じるのでしょうか?
 いずれにせよ、もう飼い主以外には触らせることは出来ません。

 おしまい