くがねの牧通信 2006年5月 

小冒険

 皆様、こんにちは! いよいよゴールデンウィークですね。
 それに合わせるように岩手県内にも桜前線が上陸しました。
 が、しかし・・・、田野畑村はまだ開花しておりません。
 例年ですとちょうど今頃は満開か散り始めているあたりですが、今年は春の訪れがそれだけ遅いということでしょう。
 今、くがねの牧では採草地に堆肥を散布しています。
 理想を申しますと、これは秋に行わなくてはならない仕事です。
 今年は遅い春に助けられ、なんとか草が伸びるまでには終わらせることが出来そうです(苦笑)。

 「チョラクター」これはトラクターのことですが、長男(現在3歳)次男(現在1歳半)共に「パパ、ママ」の次に覚えた言葉です。
 農家ならではのひとこまですが、2人は男の子ということもあってトラクターや乗り物がよほど好きなようです。

 3月のある日、私はトラクターでバキュームを牽引し、タンクに溜まった牛の糞尿を数キロ離れた放牧地に散布していました。
 今年は思ったより雪解けが早く、外での作業も例年以上に早く開始できました(順調だったのはこの時ばかり、4月に入ると雨や雪、そして大風と悩まされたのでした。桜も遅くなるわけです)。
 とは言ってもまだ3月、日陰などは残雪が多く残っています。
 何台目だったでしょうか、長男の和真が連れて行って欲しそうに玄関先で待っていました。
 ちょうどこの時は妻をはじめ家族はほとんど留守で、先月号で研修レポートを書いてくれた研修生の北川さんが息子の面倒を見ていてくれていました。
 これでは彼女も休憩も出来ないと思った私は、和真を連れて行くとこにしました。
 玄関の前にトラクターを停め、「おいで。」と呼ぶと、息子はなんとも嬉しそうな顔をして、急いでこちらに走って来ます。

 運転席の私の股の間に息子を座らせ、いざ出発です。
 現地交流会に参加された方はお分かりかと思いますが、放牧地沿いに続く山道をトコトコとトラクターで進んでいきます。
 途中で牛達が牛舎へ向かって下りてくる場面に遭遇しました。
 息子は嬉しそうに「モーモーだ、モーモーだ!」とますますはしゃいでいました。
 私もその姿を見ながらひとときの幸せを感じでいたのは言うまでもありませんが、それは放牧地の入り口までです。
 放牧地内に入り、糞尿を散布する際には危険が伴います。
 放牧地はきつい傾斜で、しかも雪解け間もない為、まだ地盤も緩んでいます。
 大事を考え和真を放牧地の入り口に降ろし、「ここで待っているんだよ。」と一言残し、私は1人糞尿を撒きに向かいました。

 数分後、無事バキュームを空にして和真が待っているはずの場所に戻ってきた私は青ざめました。
 息子の姿がありません。急いでトラクターのエンジンを止め、「かずー、かずー。」と叫ぶのですが、返事がありません。
 耳を澄ますと、下の方から、泣き声が聞こえるような聞こえないような。
 何処かの沢に落ちているんじゃないかとか、いろいろな悪いことが頭をよぎります。
 すると雪の上に小さな足跡が起こっていました。
 一度上のほうに登りかけて引き返した後です。
 放牧地の入り口より上はまだ雪深く、トラクターでも上がれる状態ではありませんでした。
 もしかして私に置いていかれたと勘違いし、今来た1qちょっとの山道を1人で戻ったのかもしれません。
 そう賭けた私は急いでトラクターで山道を下って行きました。
 子供の足ですから、家のほうに向かっていれば途中で追いつけるはずと思いながら走っているのですが、姿すら見えません。
 やっぱりまだ山にいたのかもしれないなどと不安が続きます。
 家までの5分前後の道のりがなんと長く感じたのでしょう。
 急いで減速もせず家の前に乗り付けた私はほっと胸を撫で下ろしました。
 母屋の玄関のガラスの向こうに、目を真っ赤に腫らしながら、肩を震わせてこちらを見ている息子の姿がありました。
 よほど怖かったのでしょう。
 1人で勝手に帰っちゃ駄目だよと叱る気持ちと、よくここまで1人で帰ってきたねと褒める気持ちが入り混じる父でした。

 今年の4月から保育園に通い始めた長男。元気にみんなで遊んでいる姿を見ながら、本当に何事も無くて良かったと思い返すのでした。