くがねの牧通信 2006年1月 

命続く限り

 皆様、新年あけましておめでとうございます! 本年もどうぞよろしくお願いいたします。今年は皆様にはどんなドラマが待っているのでしょうか。また、くがねの牧でもどんな出来事があるのでしょうか。楽しみでもあり、ちょっと不安でもありますが、皆様から普段頂いている心温まる励ましの言葉や応援に、少しでも応えられるよう、新年を迎え、決意を新たにしているところです。昨年の年末から約一ヶ月間、牛乳販売をお休みしておりますが、再開しましたら、また張り切って配達させて頂きますので、少々うるさいかもしれませんが、変わらずよろしくお願いします! 

 昨年10月の火曜日のことです。火曜日と言えば我々は盛岡配達日、いつもの様に冴えないトークで皆様を悩ませながら、牛乳をお配りしていると、携帯電話が鳴りました。相棒の公太郎がまたミスでもしたのかと、電話を取ると、予想は外れ、牛のお産を伝える為の妻からでした。
「セカンド号が山で産んだよ。親も子牛も元気みたい。」とのこと。
彼女のお産はまだ先だと思っていた私は少々驚きましたが、何にせよ無事の安産が一番の吉報です。家に帰ってから聞いた話だと、親父とお袋が行ったときには子牛はすでに元気に山を走り回っていたそうです。性別は雄でしたが、順調にいけば一ヶ月以内に市場に出荷し、貴重な収入になるのです。

 セカンド号は平成9年生まれで現在8歳、これまで6回の出産を順調に繰り返し、まさに今働き盛り、彼女とのこれまでの思い出といえば、やはり育成時代の脱走癖でしょうか。首謀範のクリスティー号といつも一緒に行方不明になっていたセカンド号。ひどい時には2,3日平気で帰って来ないときがあり、そのコンビと何度山の中で追いかけっこをしたことか・・・。将来どうなるかと心配しましたが今ではすっかり落ち着いて、若い頃ワルだったとはとても思えません。人間でもよくある話で、なんだかおかしくも思えるのですが、あの時手放さなくて本当に良かったと思います。ちなみにクリスティー号もすっかり更生し、昨年の12月に5回目の出産をしたばかりです。

 さて、セカンド号がお産をした翌日の朝、子牛担当のお袋がその生まれた子牛の異変に気が付きました。お乳もぜんぜん飲まず、ぐたっと横になり元気がありません。早速獣医さんに来てもらい診断してもらうと、その内容は驚くべきものでした。「奇形だな、残念だけどこれは生きられないよ。」獣医さんが発したその言葉を疑いたくなりましたが、説明によれば、腸が途切れて、肛門と完全につながっておらず、その為に排泄が出来ない。後は自然に命が尽きるのを待つしかないとのこと。辛い現実が突き付けられました。昨日はあんなに元気に放牧地を走り回っていたのに・・・。奇形の牛が生まれるのは私が就農してから初めてのことでした。

 それからその子牛にはミルクを与えませんでした。排泄が出来ない為、無理に飲ませるとお腹が張って苦しがるからです。時間が経過するほど弱っていくのが分かります。お袋は暇さえあればその子牛に、下痢などして脱水症状になったときに与えるポカリスエットに似たものを溶かし、少しづつ与えているようでした。
私が「なんで助からないのにそんなことしてるんだ!」と皮肉めいたことを言うと、お袋はいつもこう答えました。
「せっかく生まれてきたんだから。」

 お袋のそんな行動を見ていると、なんだか奇跡が起こって助かるんじゃないかと錯覚しそうになりましたが、生まれてから4日目の朝、その子牛は静かに息を引き取っていました。敷き詰められたわらの上で横になったその体には、厚い紙袋がかけてありました。お袋が前日の深夜にも何度もこの助かるはずのない子牛を見に来ていた証拠です。私は朝からそのお袋の行動を思い、胸が熱くなったのでした。そして頭の中では、なぜでしょう、「俺はお袋の子供で良かった。」そう繰り返していたのです。

終わり