くがねの牧通信 2005年9月 


 皆様こんにちは!台風 14 号が各地で猛威を振るいました。被害等に合われた方には心よりお見舞い申し上げます。さて、牧場新聞「まき」は毎月 1 日に発行予定となっておりますが、いつも私の原稿が間に合わず、最近では予定より 1 週間も遅れての発行になっております。楽しみ?にしている皆様、本当に申し訳ありません。これからはもっと早めに取り組むことをこの場をお借りしてお誓いします!!


船酔い気味の宗矩君と長男和真くん

 7 月 8 日、私達家族は 2 泊 3 日の予定で北海道に旅立ちました。妹のちひろ( 29 歳)の結婚パーティーに出席する為です。牛の管理のほうは、村内で肉牛を飼育している渡辺さんと、志ろがねの 牧の吉塚公太郎君の 2 人に酪農ヘルパーとしてお願いし、夕方 6 時、いざ青森県の八戸港に向けて出発です。旅行日程はというと、 8 日の夜フェリーで八戸港から苫小牧港へ、翌朝に車で結婚パーティー会場の札幌まで向かいます。その日はそのまま札幌市内に泊まり、 10 日の朝早く苫小牧まで戻り、お昼のフェリーで八戸へ、自宅には夜 10 時に到着予定という、かなりハードなものでした。ただし祖父と祖母は船酔いの恐れがあるので、八戸から札幌までは特急電車を利用することになっていました。

 妹ちひろと私は年が 2 つしか離れていなかったので、小さい頃は本当によく一緒に遊びました。男勝りだったという事もあり、遊びの内容はいつもかけっこやキャッチボールや相撲ごっこです。私はどちらかと言うと足が遅い方だったので、運動神経がよく大柄な妹とはいつもいい勝負になりました。年上だからと思って手抜きなどしたら、負けてしまうのです。本当に何でもいい勝負が出来たから余計に熱中したんでしょうね。


宗矩君の妻 美穂子さん

 さて話は北海道への道中に戻ります。八戸市から苫小牧行きのフェリーに乗った私達はあまりの乗客の多さにビックリ!船室に入れなかった人達は廊下やフロント前のちょっとしたスペースにまで溢れています。その中で私達はなんとか 2 等船室の片隅を確保したのですが、これでは子供達を寝かしつけることが出来るか心配です。しかも長男の和真は数日前に発熱し、この日にやっと熱が下がったばかりだったのです。船内は人の熱気で蒸し暑く、最悪の環境です。私はすぐに 1 等の個室のキャンセル待ちに登録したのですが、これも時すでに 遅し 、私の名前の 5 番目ほど前で満室となりました。残念・・・。妻もこの先の不安と疲労の色が顔に出ています。上機嫌なのは若いじいちゃんだけです。手には早くも日本酒のワンカップが握られ、隣のグループと次男・宗二郎を囲んで盛り上がっています。幸い心配していた長男はすぐに寝たのですが、あまり気に掛けていなかった次男がなかなか寝ません。泣かせると周りの人に迷惑が掛かるので、妻と私と若い ば ーちゃんと代わる代わるおんぶをし、船内を散歩です。この散歩は朝方の 3 時頃まで続いたのです。


ステキな花婿さん、花嫁さんの長女 ちひろさん
次女 あすみさんと子供  宗矩君の長男和真くん

 翌日、いよいよ妹の結婚パーティー。電車で前日入りした祖父と祖母、そして親父以外は、まだパーティーが始まる前だというのに顔には疲労の色が・・・。追い討ちをかけるように今度は宗二郎が発熱です。ぐずる次男をあやし、元気になって動き回る長男をいさめ、今思い返せば私達には嵐の様なパーティーとなりました。私が最後の結びの乾杯の音頭を取ったのですが、新郎が日野自動車に勤めているので、気を利かせ、「日野デゥトロ!!」と三唱し、かえってしらけてしまった事以外、ほとんど覚えていません。いや、もう一つだけ鮮明に記憶に残っていることがありました。それは妹から家族へ宛てた手紙です。思わず号泣してしまい、係りの人にハンカチを借りてしまいましたが、私がこの世に生を受け、初めて兄弟また親友として、いい事も悪い事も一緒に学んで来たのが妹ちひろでした。今回も兄には足りない思いやりや優しさを教えられたような気がします。また、これまで家族みんなでの外泊は、牛を飼っている為考えられませんでした。この機会を与えられ、そして多くの皆さんのご協力で初めて家族旅行が実現したことを心より感謝したいと思います。


左下は父 熊谷隆幸さんと幸子さん