くがねの牧通信 2005年8月 

前進

 皆様こんにちは!暑中お見舞い申し上げます。ここ田野畑も本当に暑い毎日です。さすがの牛達もこの暑さと何よりアブの攻撃にさらされ、ちょっとバテ気味のようです。夜、辺りが真っ暗になると暑さも和らぎ、なによりアブの脅威も無くなります。そのひと時の牛達の顔といえば、我々にも見て取れるほど、ホッとした表情に変わっています。安堵のため息まで聞こえてきそうです。それを見ていると、なんだかこちらまで可笑しくなってしまいます。

 さて、そんなある日の事です。私は牛舎で掃除をしながら思い悩んでいました。今月号の「まき」に掲載する通信の話題が思い浮かばないのです。私の引き出しも数が少なく早くもネタ切れかと、竹箒を持ちながらぼーと立ち尽くしていました。すると「何してるんだよ」と言いたそうな顔でコバシー号がこちらを見ています。お産間近なので牛舎に一頭残されているのでした。このコバシー号は私の後輩の小林識史君が実習中に名付けた牛で、小林だけにコバシーとはとても安易ですが、それから早いもので 6 年の年月が過ぎました。その間コバシーは順調に 5 回のお産を繰り返し今年で 7 才に、まだまだこの先活躍してくれることでしょう!ただ、搾乳中にミルカー(搾乳機)のホースをべろべろ舐める癖と、隣の牛に自分のお尻を押し付けてスリスリと痒い所をかくのはやめて欲しいものです。まさに牛界の「間寛平」状態です。人間の方の小林君はというと、一度「まき」にも掲載しましたが、大学卒業後アルゼンチンに渡り、大規模肉牛農家で働いていましたが、 2 年後に自分で牧場を持ちたいと帰国し、各地で農業研修やアルバイトをしながら新規就農場所を探していました。この度やっとその夢が現実に近づいたようで便りが届きましたので、皆さんにこの場をお借りして少し紹介したいと思います。話題を提供してくれた小林君、そしてコバシーに感謝ですね(笑)

                                  小林識史

 「ご無沙汰しております。早いものでこの三月で山口県へ来て一年が経ちました。自分の考える牛飼いをしたいと思い会社を辞め、新規就農を目指して県立農業大学校に飛び込みました。当初は知らない土地で右も左もわからず、 10 歳くらい歳の離れた学生達と寮生活を始め、気が付けば山口弁が地で出てくるほどになりました。

 新しく自分で牛飼いを始めるということで、県内のあちこち足を運んで畜産農家や牧場を見に行きました。改めて農家の数だけ牛飼いのやり方もいろいろだなぁと感じました。興味がわいたのは、手入れが行き届かなくなった里山に牛を放牧されている農家さんでした。急な山道を歩く牛を見て、ふと「くがねの牧」での牛達がのびのびと放牧されている風景が思い出されました。やっぱり僕がやりたいのはこういう牛飼いだ、と改めて感じました。

 山口県では「水田放牧」という牛の放牧が最近盛んになっています。全国的に農家の高齢化などで農業生産がされなくなって「耕作放棄地」と呼ばれる農地が増えています。そういった荒れ放題の田んぼで牛の放牧をしようというものです。農地や景観を守ることができ、また畜産農家にとってもエサ代の節約など一石二鳥の放牧です。山口県は他県に先駆けて水田放牧に取り組んできており、これを利用すれば土地や牛舎を持っていない僕でも、のびのびと牛が飼えるなぁと考えています。

 三月に卒業後、四月からは農業大学校で臨時の職員として働きながら就農活動を続けています。なんとか来年から牛を飼う目処がたってきました。「くがねの牧」に負けないような山口ならではの放牧で、のびのび牛が飼えるのが待ち遠しい今日この頃です。それでは」。

 夢に向かっている彼の顔はきっと輝いているに違いありません。岩手から心よりエールを送りたいと思います。

終わり